all you need is kill

※この記事に最初に足を運ばれました方は、以下のリンク先を先に見てくださいませ(礼)

【サークルについて】
http://ginganovel.blog.jp/archives/6777896.html

【メンバー紹介】
http://ginganovel.blog.jp/archives/6809588.html

毎月26日にお送りしています、コーナー「藍沢篠の書架」第6回をお送りいたします。
今回の紹介は、桜坂洋さんの「All You Need Is Kill」です。
書影は上の写真の通り(←ちなみにこれは文庫初版)です。
集英社スーパーダッシュ文庫より好評発売中(←現在はカバー違い版もあり)です。

~あらすじ~

「出撃なんて、実力試験みたいなもんじゃない?」
敵弾が体を貫いた瞬間、キリヤ・ケイジは出撃前日に戻っていた。
トーキョーのはるか南方、コトイウシと呼ばれる島の激戦区。
寄せ集め部隊は敗北必至の激戦を繰り返す。
出撃。戦死。出撃。戦死――死すら日常になる毎日。
ループが百五十八回を数えたとき、煙たなびく戦場でケイジはひとりの女性と再会する……。
(スーパーダッシュ文庫版あらすじより)

~感想・雑感~

ゼロ年代序盤に発表された作品ですが、いまとなってはありふれた「時間のループ」の概念を、いち早く小説の中に織り込んだ作品として有名な作品です。
この作品を皮切りに「時間のループ」を題材にした作品は数多く生まれましたが、その中でも最初期にしていちばんのできばえを誇る作品が本作といえましょう。

それでは、ここから本題の内容に入ってまいりましょう。

初年兵の主人公のキリヤ・ケイジは、失恋の思い出を引きずりつつ、その記憶から根性のない自分を変えたくて軍に飛び込んでくるという、異色の経歴を持った主人公です。
そんな彼は最初の戦い(←作中では「0回めのループ」と語られる)であっさりといのちを落としてしまいますが、この際にのちに再会を果たす凄腕の兵士のリタ・ヴラタスキと出逢います。
そして、この最初の戦いの中で、敵の異星生物・ギタイと相打ちになり、偶然にもギタイの「サーバ」と呼ばれる存在を撃破した所から、30時間の時間のループに巻き込まれるようになります。

物語序盤のケイジは、自分の置かれた状況が把握できず、4回めのループまでは(ほぼ)無駄な死を遂げてしまいますが、そこから自分がどんな境遇に置かれているのかをようやく把握し、最後まで生き延びることを誓います。
孤独なループと戦いの中で、少しずつギタイと戦う術を覚えてゆくケイジの姿は、最初のころの「弱さ」を引きずったものではなく、徐々に精悍な兵士の姿へと変わってゆきます。

物語を彩るサブキャラクターたちにも注目です。
ケイジの先輩で、ミステリ小説のオチをばらす癖のあるチャラ男のヨナバル・ジン、ケイジの上司にして基礎練習の鬼である軍曹のバルトロメ・フェレウ、リタの専属整備士にしてカプセルトイの収集家のシャスタ・レイル、食堂のマドンナ的存在のレイチェル・キサラギなど、一癖も二癖もあるキャラたちに彩られて、ケイジのループ生活は荒んだり潤いを得たりと、何度も何度も物語を「繰り返す」そんな日々になってゆきます。

孤独なループが繰り返される戦場の中、ついに、158回めのループで、ケイジはリタと再会を果たします。
そんなリタにも、悲しい過去が存在し、復讐のために軍へと身を投じたという経歴が明らかになります。
リタが「最強の兵士」と呼ばれるまでに成長したのにも、とある理由が隠されていますが、それが明らかになるのは第3章のあたりから。
この章では、ケイジの一人称語りだった他の章とは異なり、リタ及びそれ以外の誰かの三人称語りで物語が進行するのが特徴です。

この物語の肝となるのは、いうまでもなく「時間のループ」。
RPGなんかにはよくある概念ですが、死んでもやり直しが効くという、そんな世界観です。
それは突き詰めれば「あったことさえもなかったことにしてしまえる」という、一種の価値観の否定ですよね。
ですが、桜坂洋さんは、そんな価値観の否定を肯定的に見ることで、この作品の世界観をうまく構成した、そんなイメージになっています。

時間のループの果て、最後にケイジとリタに投げかけられる問いは、非常に残酷なものです。
彼と彼女の選択が、ループを打開するたったひとつの冴えた方法なのはいうまでもないことですが、それにしても、そんな終わりが待っていようとは、誰が想像したでしょうか。
残酷な物語の結末は、ぜひみなさまの目に焼きつけていただきたいと思います。

余談ですが、コミカルなシーンも少しだけ織り交ぜられているのがおもしろい所でもあります。
特に好きなのが、ケイジとリタが再会してから巻き起こる、梅干しを巡るチキンレースのくだり。
こういう所を見ると、リタも歳相応の女性だということがわかって、親近感が湧くのですよね。

ケイジとリタの決断、そこから向かう「戦いの終わり」への軌跡。
その答えは、正しいとも正しくないとも取れます。
ですが、それでも読者さんの中に「なにか」を残してゆくものには違いないでしょう。
ぜひ、最後まで目を背けずに読んでいただきたい、そんな作品です。

~書籍データ~

初版:2004年12月(集英社スーパーダッシュ文庫)

新装版:2014年6月(集英社)

漫画:2014年6月に1・2巻同時刊行(作画:小畑健さん)

~作者さんの簡単な紹介~

桜坂 洋(さくらざか・ひろし)

1970年生まれ。東京都出身。男性。
2003年に「魔法使いのネット」が第2回集英社スーパーダッシュ小説新人賞の最終候補まで残り、同年に改題した「よくわかる現代魔法」でデビュー。既刊6巻。アニメ化されている。また、2006年の「七つの黒い夢」(アンソロジー短編集)に「よくわかる現代魔法」のキャラクターが登場した短編「10月はSPAMで満ちている」がある。
2004年に「All You Need Is Kill」を発表。大きな反響を得、10年後の2014年にハリウッドでトム・クルーズさん主演で映画化される。日本のライトノベルがハリウッド映画化されたのは史上初。
同じく2004年に短編「さいたまチェーンソー少女」を発表。第16回SFマガジン読者賞を受賞。のちにコミカライズされる。
2005年に「スラムオンライン」を発表。のちに2010年の「ゼロ年代SF傑作選」にスピンオフ「エキストラ・ラウンド」が掲載される。
その他の著作に、東浩紀さんとの共著「キャラクターズ」、第4回文学フリマでの桜庭一樹さんとの共著「桜色ハミングディスタンス」などがある。
ゲームをはじめとするオタク文化全般に造詣が深く、プログラム言語で執筆を行う癖がある。



……というわけで「藍沢篠の書架」第6回は、桜坂洋さん「All You Need Is Kill」でお送りいたしました。
この紹介から、実際に本をお手に取っていただけることを切に願っています。

それでは、次回をお楽しみに。