雨の日のアイリス

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毎月26日にお送りしています、コーナー「藍沢篠の書架」第7回をお送りいたします。
今回の紹介は、松山剛さんの「雨の日のアイリス」です。
書影は上の写真の通り。
電撃文庫より好評発売中です。

~あらすじ~

ここにロボットの残骸がある。
『彼女』の名は、アイリス。
正式登録名称:アイリス・レイン・アンヴレラ。
ロボット研究者・アンヴレラ博士のもとにいた家政婦ロボットであった。
主人から家族同然に愛され、不自由なく暮らしていたはずの彼女が、何故このような姿になってしまったのか。
これは彼女の精神回路から取り出したデータを再構築した情報――彼女が見、聴き、感じたことの……そして願っていたことの、全てである。
(あらすじより)

~感想・雑感~

あらすじでも触れられている通り、この物語の主役は「ロボット」です。
松山剛さんがこの作品のあとがきで触れていますが「ロボット」という言葉の語源は、チェコ語の「robota」(←「ロボータ」と読む。直訳で「強制労働」の意)なのだとか。
もともとはネガティヴな意味あいとして生まれた言葉ですが、そんな「ロボット」という存在も、いまでは人間の生活において、すっかり欠かせない存在となりました。
そんな「ロボット」たちに、もし意思があったとしたなら……どんなことを思うのでしょうね。
この作品は、そんなことを考えさせられるような、そんな作品です。

それでは、ここから本題の内容に入ってまいりましょう。

主人公のアイリスは、ロボット研究の第一人者・アンヴレラ博士に仕える家政婦のロボットです。
見た目は可憐な少女の姿をしたロボットで、一見では人間と区別がつかないほどの精巧さですね。
その割に一人称が「僕」だったりと、ちょっと意外な所もあったりします。
料理をはじめとする家事は全般に得意、そしてなにより、主人であるアンヴレラ博士をこころから慕っています。
アンヴレラ博士もまた、そんなアイリスのことを家族同然に愛しているという、相思相愛の関係。
そんなふたりのすごす日常は、まさに「幸せ」に満ち溢れたものから始まってゆきます。

しかし、第1章の中盤から、物語は急展開を迎えてゆきます。
第1章中盤で、とあるロボットが暴走するという事件が起き、アンヴレラ博士はその検証に借りだされます。
そして、アンヴレラ博士の帰りを待っていたアイリスのもとに、残酷すぎる悲報が届けられ……
その末に、アイリスは「解体」されることとなってしまいます。

第2章からは、アイリスはこれまでとまったく別の姿での登場となります。
いかにもポンコツの汎用型ロボットといった感じで、アイリス自身曰く「醜い」姿にされてしまいます。
さらには、なにかの工事現場での強制労働を強いられる、まさに前述の「ロボット」本来の意味での使途に。
過酷すぎる労働の中、アイリスはアンヴレラ博士の記憶を閉じ込め、こころを必死に繋ぎ止めてゆきます。

この場面あたりから、タイトルにある「雨」の描写がたびたび見られるようになります。
アイリスの主観ではノイズのような現象でもあり、それでいながら実際にも「雨」が降っている場面も。
この「雨」の描写が、深い意味を持ってくるのですが、すべてを語ることはしないでおきましょう。
少なくとも、物語において必要不可欠な、非常に意味のある描写だったことだけは確かです。

「雨」が降り続く中、アイリスが工事現場で出逢うのが、少女型ロボット・リリスと、元軍事用ロボット・ボルコフ。
リリスとボルコフは、100体以上いる工事現場のロボット中、たったふたりの二足歩行型ロボットです。
リリスは、昔馴染みのロボットに似ているという理由から、ボルコフと接点を持った模様。
ボルコフは前述通りの元軍事用ロボットながら、一部が故障したため、工事現場に回された過去を持ちます。

そんなふたりと出逢ったアイリスは、リリスがこっそり主催する「真夜中の読書会」に参加することに。
文字認識機能に欠陥を抱えたリリスとボルコフの代わりに、アイリスが本を読み聞かせることになります。
ここで重要になってくるのが、アイリスがふたりに読み聞かせる本の内容です。
第1章でも少しだけ触れられている場面はあるのですが、ロボットにおいて「生きる」というのはどういうことか。
そういった、哲学的とも取れる問題を、アイリスは読み聞かせを通じて考えるようになります。
リリスやボルコフとも意見を交換しつつ、読書会は静かに進んでゆきます。
その中で、リリスの手によってアンヴレラ博士との記憶を思い返したアイリスは、ふたりに過去を語ります。
同時に、リリスとボルコフが、ともに「主人から捨てられた存在」ということも知ることに。
アイリスだけが、3人の中で唯一「主人から捨てられる」という過去を経験することがなかったと気づきます。
人間のエゴによって作られ、そして人間のエゴによってあっさり切り捨てられる、ロボットの悲哀。
そういったものを感じさせる場面です。
ロボットの存在意義とはなんなのか、そしてロボットにとって「幸せ」とはなにかを考えさせられますね。

工事現場の作業が終わりかけたころ、リリスはアイリスとボルコフに対し、この先のことを語ります。
それは、もしかしたらスクラップにされてしまうのではないかという、ロボットに対しての事実上の死刑宣告。
残酷な運命を前に、リリスの主導のもと、アイリスたちは工事現場からの脱走を決めます。
それはまさに「生きる」ための、決死の覚悟での戦いです。

第3章は、ついに決行に移された脱走の顛末になります。
ここでなにが語られ、どんな結末を迎えるのかは、あえて語らないでおきましょう。

そして、脱走の果てに辿り着いた、終章。
この終章を読んで、涙せずにいられることができますでしょうか。
切なくこころに沁み入る、感動のラストが、終章では待っています。
この物語に廻り逢えてよかったと思わせてくれること間違いなしの、美しいラストに仕上がっていますね。

「ロボット」という存在を語る上で、時に思うのは、もし人間と同じように「意思」が存在したら……ということ。
そして、この物語の主題ともいえる「ロボットにとって『生きる』とはどういうことなのか」ということ。
それは、人間が人間らしく「生きる」理由と、重なる所があるように感じます。
なにを見、なにを聴き、そしてなにを考え思うのか、それに尽きるのでしょう。

自分の存在意義というものを考えたいひとに勧めたくなる、そんな物語だと思います。
もし、いままさに自分に自信を失っているひとがいたならば、ぜひこの物語を読んでみてください。
「生きる」こと、そして「意思」の大切さ。
そういったものを教えてくれる、切なくも優しい感動を、きっとみなさまも感じてくださるかと思います。

~書籍データ~

初版:2011年5月(電撃文庫)

~作者さんの簡単な紹介~

松山 剛(まつやま・たけし)

1977年生まれ。東京都出身。男性。
2006年に「閻魔の弁護人」(←現在絶版)が第8回新風舎文庫大賞・準大賞を受賞。同作で2007年にデビュー。
2008年に「銀世界と風の少女」を発表。活動レーベルの幅を広げる。
2009年に「天才ハルカさんの生徒会戦争」を発表。活動レーベルの幅をさらに広げる。
2011年に第17回電撃小説大賞・4次選考まで残った「雨の日のアイリス」を発表。電撃文庫でのデビューを果たし、同作が「このライトノベルがすごい! 2012」の10位となるなど、飛躍を遂げる。
2014年~2015年にかけて「白銀のソードブレイカー」シリーズを発表。自身初のシリーズとなる。
2016年に「タイムカプセル浪漫紀行」を発表。メディアワークス文庫にも進出する。
その他の主な著作に「怪獣工場ピギャース!」(←現在は電子書籍のみ)「雪の翼のフリージア」「氷の国のアマリリス」などがある。
2017年に商業デビュー10周年を迎え、これからのさらなる活躍が期待されるライトノベル作家のひとり。



……というわけで「藍沢篠の書架」第7回は、松山剛さん「雨の日のアイリス」でお送りいたしました。
この紹介から、実際に本をお手に取っていただけることを切に願っています。

それでは、次回をお楽しみに。