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 六花に、そして僕にも似ている彼女は、いじめに遭っていると告白した。
 そんな所までも僕に似ていなくていいのにと、こころの底から、そう思った。
 話せば話すほど、彼女……みぞれさんに、六花の面影が大きく重なり、僕のこころを強く揺さぶってくる。笑顔でい続けることも、きょうはできなかった。というより、きょうは笑顔でいられた時間の方が短かったくらいだった。六花と最後に逢ってから六年近くの間で、きょうがいちばん、笑顔でいられなかった、そんな気がしている。
 みぞれさんは、僕の笑顔が好きだといってくれた。そんなことをいってくれるひとと出逢ったのも、六花と別れたあの日以来、およそ六年ぶりになる。
 時間の流れというものは優しくもあり、残酷でもあるのた。あれからもう六年も経つのに、六花の面影は未だに、鮮やかに僕の前に残り続けている。それどころか、みぞれさんと出逢って以降、その面影はさらに色濃く、僕の目の前へと浮かび上がってくる。
 みぞれさんとすごす時間は、優しくて穏やかだ。六花が隣にいて笑ってくれていたあのころと同じくらい、安らぎに満ち溢れた、平穏そのものといえる時間だ。
 だけど、僕にとってそれは、痛すぎる安息だった。
 いま、僕の目の前にいるのは六花ではない。外見は六花、中身は六花と僕の練りもののような感じの、悪趣味にもほどがあるとさえ思えてくる、劣悪なまがいものだ。

 それなのに……出逢って間もない彼女に、僕はどうも惹かれているらしかった。
 みぞれさんと話す度に、まるで六花と話していた時のそれのように、鼓動が高鳴る。時折だったが、六花だったらこんなことをいうのだろうな、と僕が思っていることを、みぞれさんはおそらく無意識のうちに言葉にしてくる。甘く鋭い言葉の棘を、僕のこころへと打ち込んでくる。それらが優しくて穏やかで苦しくて、そして痛くて、僕はこころをかき乱されている。
 僕はもう、二度と恋なんてしないと決めた。僕の目の前から去っていく六花を見ながら、そう決めたはずだったのに。
 それなのに僕は、二回目の恋の欠片を、こころの中に宿してしまった。
 それが罪だということは、嫌というほどに、知っているつもりだったのに。

 ねえ、六花。きみはまだ、僕の問いに答えてはくれないのかな。
 僕は本当に生きていていいのか、そして、きみは僕のことを恨んでくれてはいないのか、まだどちらの答えも、聞かせてもらってはいなかったよね。
 きみへの想いの欠片は、まだ消えることなく僕の中で燻り続けている。この六年間、きみのことを忘れたことはなかった。いまもそう。みぞれさんという、きみであり、僕でもある少女を目の前にして、僕はいまこの時、激しく動揺しているのだから。
 あの日、きみが僕の前から消えずに済んだなら、いいたかったはずの言葉を、僕はいま、みぞれさんに向かっていってしまっている。彼女はきみに似ているだけで、きみそのものではないのに。それは、きみのことをずっと見ていた僕が、いちばんよく知っているはずなのに。
 どうして……どうしてなんだろうね、いったい。

 ねえ、六花。本当に教えてほしいんだ。
 僕はいまもこのまま、きみのことを好きでいていいのかな。
 そんな想いを抱えたまま、のうのうと生き続けていていいのかな。
 きみは、僕のことを恨んでくれてはいないのかな。
 どんどん訊きたいことが増えているけれど、きみは答えてはくれないんだよね。
 わかっている。わかっているんだ。
 だけど、訊ねずにはいられないんだ。

 傷は深くなる一方だ。年月を重ねるほどに、徐々に痛みが増していく。
 痛い、いたい、イタイ、痛い。
 こころの奥のあたりがあまりに痛すぎて、耐えられない。

 だから僕は、雪が降るのを待っているんだよ。
 傷を隠すための方法は、それしか僕には思いつかないのだから。

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 三連休の間、私は足しげく海岸に通った。
 セッちゃんとすごす時間は、どこまでも穏やかで、優しかった。他愛のないお喋りに興じたり、一緒にゴミ拾いをしたりしながら笑いあったりするだけだったけれど、そんな時間が他のなによりも、私のこころを癒してくれた。
 セッちゃんは私がいじめに遭っていることを告白した日以来、笑ってくれる頻度が少しだけ落ちたような気がした。それでも、私が冗談をいったり、時々考えているようなバカなことをいったりした時は、ころころとしたかわいらしい笑顔を私に向けてくれた。
 セッちゃんの笑顔は、いまの私にとって、いちばんの薬になってくれている。
 ――いまの関係が続いてくれたら、私は学校でのつらさにも耐えられる。
 そんなことを本気で思ってしまうくらいに。
 だから私は、セッちゃんが海岸に留まっている理由を、あえて考えないようにしていた。
 それを訊ねてしまうと、いまと同じ関係ではいられなくなる、そんな気がしたから。

 三連休明け、火曜日の朝。
 私は教室の自分の席に着いて、気分をわくわくさせていた。
 きょうも暴行を受けるであろうことは、すでに予想がついている。だけど、放課後になれば海岸に行き、セッちゃんと逢って笑いあうことができる。そうすれば、一日の痛みは忘れられる。そう考えただけで、だいぶ気が楽になった。
 自然と顔がほころぶのを、私は止められなかった。クラスメイトの視線がちくちくと刺さってくる感じがしたが、それすらも特に気にならなかった。
 ――セッちゃん、セッちゃん。早く逢いたいよ。
 そんなことを考えているうちに、霧ちゃんがやってきて、隣の席に腰を下ろした。時計を見ると、やはり八時二十四分。霧ちゃんは相変わらず、精密機械並みに正確無比なのだった。
 予鈴が鳴る。さあ、きょうも一日がんばろう。

「ねえ、お昼一緒に食べようよぅ」
 昼休み。私はいつもの誘い文句を、霧ちゃんに投げかけた。
「はいはい」
 霧ちゃんは例によって、渋々といった感じではあったものの、机をあわせてくる。
「で、きょうはなにを喋りたいわけ? この前のような、かわいい男の子がどうとかいう話だったら、二回も聞きたいとは思わないんだけど」
 うぅ、やっぱり見透かされている。いまの私が喋りたいことといったら、セッちゃんのこと以外には特に存在しない。初めて出逢ってから一週間と少し。そんな短い期間で、私とセッちゃんのこころの距離は、急速に縮まった(少なくとも私はそう思う)のだ。そんな新しい知りあいの話ができないことは、単純に残念でしかなかった。
「えー、それじゃあ喋れるような話題がなくなっちゃうよー」
 私が不服を申し立てると、霧ちゃんは、
「本当にそれしか話題がないとはね……」
 と、呆れかえったようにいってうなだれ、野菜ジュースを一口啜った。
 それからしばらくの間、私も霧ちゃんもひと言も言葉を発することがないまま、お昼ご飯を黙々と食べ続けた。誰かと一緒にご飯を食べていてこんなに気まずいのは、初めてのような気がした。こんな状態じゃあ、一緒に食べている意味がないじゃないか。
 私は仕方なく、一応きのう観ていたテレビ番組の話題を振ってみることにした。お弁当をつつく手を止めて口を開く。
「「あの」」
 意外にも、霧ちゃんが私と同時に口を開こうとしていた。霧ちゃんが自分からなにかを話そうとしてくれるのはかなり珍しいことだ。まさかのタイミングかぶりという事態に、また気まずい沈黙が落ちてゆく。
「……あんたが先でいいよ、冬柴」
 霧ちゃんが一歩引いてくれたけれど、
「いや、ここは霧ちゃんが先で。霧ちゃんが自分から喋ってくれるなんて、珍しいからさ」
 霧ちゃんの意思を尊重し、私の方も一歩引いてみた。霧ちゃんが自分から進んで喋りたいと思ったその内容に、単純に興味があった。
「……そう。だったら、いわせてもらうけれど」
 霧ちゃんが小さく息を吸い込み、私を見据える。これまた珍しく、顔を上げた霧ちゃんの表情が、どこかつらそうな感じだった。いつもの冷たい感じが、見受けられなかった。
 そして、霧ちゃんは静かに囁くような声で、
「……この前は、ごめん」
 唐突に謝ってきた。
 はて? なにかあっただろうか? 思い当たる節が、まったく浮かんでこない。私、なにか霧ちゃんに謝られるようなことをされていたっけ?
「え……なにかあったっけか?」
 本気でなにも思い当たらなかったので、素直にそう口にする。
 霧ちゃんの表情から、つらそうな感じが消えた。その代わりに浮かんだのは、哀れむような表情だった。いつものクールで凛としている表情とはまったく質が違う。冷たくはないのに、視線がどこか痛かった。
 霧ちゃんの口が、再び開かれる。
「あんた……覚えていないの?」
「私はバカだから、たいていのことはすぐ忘れちゃうよ。それが私にとって嫌なことだったりしたら、なおさらね。私が全然覚えてないってことは、大したことじゃなくて、しかも私にとってなにか嫌なことだったってことでしょ、たぶんだけど。それなら、いま私がなんとも思っていないくらいなんだし、霧ちゃんがわざわざ謝る必要なんてまったくないんだよ」
「……!」
 霧ちゃんの表情が、驚愕したかのようにゆがんだ。だが、それも一瞬のことで、すぐにいつもの冷たく凛とした表情が戻ってくる。
 霧ちゃんは冷え冷えとした声で、私にいう。
「……そうだね、あんたはあんなこと、いちいち覚えてなんかいないだろうね。だから赤点が四つあったとしても、平気でへらへら笑っているんだものね」
 さくっと痛い所を突かれた。そっか、前回の赤点は四つだったっけ。完全に忘れていた。これ以上増えたら、おかあさんにまた怒られるなあ。そしてまたすぐに怒られたこと自体を忘れちゃうんだろうけれど。
 霧ちゃんは冷え切った視線を突き刺してくる。そしてまた、凍てついた口調で話しだす。
「あんたはもっと、ものごとをしっかりと覚えておくべきなんだ。そんなだから……」
 そこまで霧ちゃんがいいかけた時、いつもの声が割り込んできた。
「おーい、冬柴ー」
 いつものサル顔の女の子が、教室の入口から私を呼んでいた。私は仕方なく席を立つ。
「ごめん霧ちゃん、話はまた今度。私、呼ばれているみたいだから、行ってくるね。ご飯は食べちゃってていいからさ」
 霧ちゃんにそう声をかけて、私はサル顔の女の子のもとへと歩いていく。一方的な暴力に曝される、そのためだけに。
 私を見送る霧ちゃんの視線が、なんだかいつも以上に冷たく、そして痛く感じた。



(続く)