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 マリンスノーという現象があるということを、僕は六花から聞いた。
 それは文字通りに、海の中に雪が降るかのような、幻想的な現象なのだという。
 六花は続けて、一生にいちどだけでいいから、セッちゃんと本物のマリンスノーを見てみたいな、といってくれ、いつものきらきらした笑顔を僕に向けてくれた。

 最後にあの眩しかった笑顔を見た日から、もうすぐ六年がすぎようとしている。
 僕は未だに、マリンスノーどころか、あの日を境に雪のひとひらさえも見られずにいる。


 どうやら、六花さんとの思い出を綴った文章のようだった。以前セッちゃんが話してくれた通り、マリンスノーの話は六花さんからの受け売りだったようだ。
 文章はまだ続いている。

 ねえ、六花。きみは僕のことを、恨んでくれてはいないのだろうか。
 そうしてくれていた方が、いまの僕にとっては確実に幸せなのだけれど、そう都合よくはいかないことくらいは、これでもわかっているつもりなんだよ。
 それでも、願わずにはいられないんだ。
 どうかどうか、きみのこころが常に僕の方を向いていたなどという、優しすぎて残酷すぎる事実などは、海底に沈みゆくマリンスノーと一緒に、水底の暗闇の中に葬ってやってほしい。そして、深海魚のエサにしてやってしまってほしいんだ。

 お願いだから、僕のことを恨んでいると、そういってくれ。

 奇妙な文章は、そこで締め括られていた。
 ――恨んで……? なぜ六花さんが、セッちゃんのことを恨む必要があるの? それに、六花さんのこころがいつもセッちゃんの方を向いていたって……どういうこと?
 急速に続きが気になった。私はすぐに、次の日のページに目を落とした。

 きょうはなにごともなく……とは、いえない日だった。
 夕方、ゴミ拾いの途中で、自殺しようとしていた女の子に出逢った。僕はいつの間にか彼女の背中を押しだすような言葉と、彼女をこの世界に引き戻す言葉の両方を発していたから。
 あのまま死んでほしかったのか、それとも生きてほしかったのか……自分自身でさえ、まったくわからない。
 僕はあの女の子に、どうなってほしかったのだろうか。

 混乱はそれだけではなかった。
 彼女は、驚くほどに六花に外見が似ていた。背はだいぶ六花より高く、少し話をしてみて感じた範囲では、性格までも完全にそっくりなわけではなかったけれど……あちこちが元気よく跳ねたショートカットの栗毛も、ほっそりとした体型も、くりっとしたその目も、六花のことを思いださせるには十分すぎるくらいに似ていた。


 ――この女の子というのは、私のことだ。これは、私がセッちゃんと出逢った、あの日の記録に違いない。
 そして、その日の後半部分は、意味深な言葉で埋められていた。

 ねえ、六花。これはきみが僕に与えた罰なのかな。
 きみに対する、僕の気持ちを忘れさせないようにするために、きみが引きあわせたひとだった……なんてことはないよね?
 だってきみは……もう、僕の前にはいないひとなんだから。

 それなのに……それなのに、また逢えるかな、なんて淡い期待を抱いている僕は、どこまでおめでたい性格なのだろうか。もういちど逢って話がしてみたい、もっともっと彼女のことを知りたいと思っている僕は、どれほどまでに罪深い人間なのだろうか。
 自分の傷を自分で抉るかのようなその行為に、どれほどの意味があるのかな。

 六花、六花、答えてくれ。
 僕は、本当に生きていていい人間なのかな。


 ――なに、これ……本当に生きていていい人間なのかなって……どういう意味?
 驚きばかりが頭の中を支配していく。セッちゃんがあの笑顔の裏でなにを考え、なにを思っていたのかが、一気にわからなくなっていった。
 私は大急ぎでページをめくった。セッちゃんがなにを思っているのか、知りたかった。

 また、彼女に逢うことができた。そのことが嬉しくもあり、同時に痛くもあった。
 六花に似た女の子は、名を冬柴みぞれさんといった。六花と同じように、名前はまさに真冬を髣髴とさせるものだった。
 しかし、内面はまるで違っていた。改めて話してみると、みぞれさんもまた、六花とそっくりな、笑顔のよく似あう、明るくて朗らかな性格をしていたのだ。そのことがさらに僕の胸を締めつけてきた。
 僕とみぞれさんは、非常に共通点が多いことが、きょう一日話をしてみてわかった。
 生まれた月が一緒だった。名前の由来がほぼ同じだった。僕がそうであるのと同じように、気がついた時には彼女も笑っている。表情における笑顔の比率が、とても高かった。
 彼女はこの共通点の多さを、同じような魂を持っていると表現した。確かに、いい得て妙だと思った。
 しかしながら、そうだとすると、みぞれさんも僕と同じように、つらい時や困った時に、自然と笑顔を浮かべてしまう性質があるのかもしれない。
 本当にそうならば……彼女はきっといま、とても苦しい生き方をしているだろう。
 隣で笑顔を振り撒く六花に守られて生きていた、あのころの僕のように。

 笑顔は、幸せばかりを生むものではない。
 そのことを、子供のころの僕はまだ、全然理解していなかった。いつも笑顔でいたなら、きっといつかは幸せのひと欠片くらいは転がり込んでくるかもしれないと、楽観的にものごとを見ていたのだから。

 それが単なる希望的観測にすぎないと知ってしまったのは、いつごろだっただろうか。
 いまはもう、思いだすことはできなくなってしまった。


 同じような魂を持っていると、私がセッちゃんにいったあの日……セッちゃんはすでに、私が苦しんでいるかもしれないという可能性に気がついていたようだ。そして、それを自分の過去と重ねあわせながら見ていた。それと同時に、自分が身をもって思い知ったことを、ずっと考えていたのだろう。
 そして、私の発言はこころを抉っていた。まるで六花さんがそれを喋っているかのようだと、この時点でセッちゃんは感じていたのだろう。

 ねえ、六花。きみは僕にいつでも笑顔でいてほしいといってくれたけれど……それが本当に僕にとって、幸せな道を歩むための方法だったのかな。
 きみが僕の前からいなくなって、僕はこころからは笑えなくなってしまった。それでも笑顔でいるのは、ただ単純に、それ以外の方法を知らないから。それだけの理由なんだよ。

 僕にとっての最良の生き方というのは、どんな生き方なのだろうか。
 もしかすると、生きること自体が罪であり、本当は僕は死んでしまった方がいい人間なのかもしれない。
 前にも聞いたよね。僕は本当に生きていていい人間なのかな、って。
 六花、六花、頼むから答えてくれ。
 そして僕のことを恨んでいると、そういってくれ。
 そうしてくれたなら……僕も確実に決心がつくだろうから。

 今年こそは……今年こそは、雪が降ってくれるといいな。
 そうしたら、僕は……


 ――セッちゃん。セッちゃんは、やっぱり私と同じように、笑顔でいることしかできなかったんだね……そして、自分の生き方というものを、どこまでも深く考えていたんだね。
 セッちゃんは決して、死んでしまった方がいい人間なんかじゃない。それは、私がいくらでも断言してあげられる。だってセッちゃんは、私を助けてくれたんだから。
 ――そうだよね、セッちゃん?
 そして、この部分を書いた時にはもう、セッちゃんはなんらかの理由から、雪が降るのを待ち望んでいた。いったい、どうしてなのだろうか?
 日記はまだ、続いていた。

 いま、僕の目の前にいるのは、六花ではない。外見は六花、中身は六花と僕の練りもののような感じの、悪趣味にもほどがあるとさえ思えてくる、劣悪なまがいものだ。

 そこまでいわれても仕方がないと思う。実際、六花さんと私は、外見だけは恐ろしく似ていた。中身だけは確かに違っていたけれど……それは仕方がないことだ。

 それなのに……出逢って間もない彼女に、僕はどうも惹かれているらしかった。
 みぞれさんと話す度に、まるで六花と話していた時のそれのように、鼓動が高鳴る。時折だったが、六花だったらこんなことをいうのだろうな、と僕が思っていることを、みぞれさんはおそらく無意識のうちに言葉にしてくる。甘く鋭い言葉の棘を、僕のこころへと打ち込んでくる。それらが優しくて穏やかで苦しくて、そして痛くて、僕はこころをかき乱されている。
 僕はもう、二度と恋なんてしないと決めた。僕の目の前から去っていく六花を見て、そう決めたはずだったのに。
 それなのに僕は、二回めの恋の欠片を、こころの中に宿してしまった。
 それが罪だということは、嫌というほどに知っているつもりだったのに。


 まさか、と思った。セッちゃんに男の子だと告白された時よりも、年上だと告白された時よりも、その衝撃は大きかった。
 あのセッちゃんが、私なんかに……六花さんに似ているだけでしかない私に、恋ごころを抱いていたなんて……嘘であってほしいと、そう思ったほどだった。
 ――だって……セッちゃんがいっている通り、私は六花さんじゃないんだよ? セッちゃんの親友であった六花さんは、もうこの世にはいないんだよ? それなのに、どうしてセッちゃんは、私なんかに恋ごころを抱いてしまったの?

 ねえ、六花。本当に教えてほしいんだ。
 僕はいまもこのまま、きみのことを好きでいていいのかな。
 そんな想いを抱えたまま、のうのうと生き続けていていいのかな。
 きみは、僕のことを恨んでくれてはいないのかな。
 どんどん聞きたいことが増えているけれど、きみは答えてはくれないんだよね。
 わかっている。わかっているんだ。
 だけど、訊ねずにはいられないんだ。

 傷は深くなる一方だ。年月を重ねるほどに、徐々に痛みが増していく。
 痛い、いたい、イタイ、痛い。
 こころの奥のあたりがあまりに痛すぎて、耐えられない。

 だから僕は、雪が降るのを待っているんだよ。
 傷を隠すための方法は、それしか僕には思いつかないのだから。


 その言葉を目にした時、ぞわり、と身体中に寒気が走った。
 ――まさか、セッちゃんが雪が降るのを待っていた、その理由って……
 この時にはすでに、最悪の予想が頭の中を駆け廻っていた。



【24】
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