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 夢を見ていた。いつもとは少し違う、気持ちの悪くなるような夢を見ていた。
 僕の見ている目の前で、六花の身体がただ沈んでいく。力を失った身体はだんだんと水の底へと、暗闇に向かって堕ちてゆく。それを、深海魚になった僕がじっと見つめている。
 まるでマリンスノーが海底へと沈みゆくその様子を、スローモーションにして見ているかのようだった。でも、本当のマリンスノーは、こんなに不気味なものではないはずだ。
 目が覚めた時には、汗で身体中がぐっしょりと濡れていた。これは絶対に、風邪をひいたせいだけではないだろう。いままで見ていた夢は、確実に僕のこころと身体を蝕んでいた。
 雪が降って、僕が六花のいる所へ行く時がきたら……もう、あんな夢は見なくなるんだろうか。六花は最後に見た時のそれのように、きらきらと笑って僕を迎えてくれるだろうか。

 震える指でボタンを押す。こんな短い時間さえも、もどかしく感じた。

 ねえ、六花。いまきみがいる所は、いったいどんな所なんだい?
 寒くて冷たい場所? それとも温かくて美しい場所?
 どちらでもいい。僕はきみのいる、その場所に行きたい。
 そのためには……雪が必要だ。
 海の雪でもいい。陸の雪でもいい。
 僕の前に雪が降るその日を、僕は待ち続けるよ。

 しばらくして、発信音が鳴る。一コール、二コール……

 みぞれさんには僕のことを忘れてもらい、友達に囲まれた幸せな暮らしをしてほしい。僕には手に入れられなかった生活だが、彼女ならきっと手にできると、僕は信じている。
 彼女は……僕が好きになってしまった少女には、僕と同じ道は歩んでもらいたくない。同じような魂を持っているからこそ、なおさら幸せになってほしいと、そう思う。
 魂は同じでも、違う道を歩めるということを、僕は彼女に証明してもらいたいのだろう。
 どうか、彼女の歩む道の先に、幸せがたくさん訪れますように。
 それが僕の小さな祈り。届くかどうかはわからないけれど、願わずにはいられなかった。

『……もしもし、みぞれ?』
「霧ちゃん!」
『大声ださない。それで、なにかあったの?』
「いますぐ……大急ぎで、海岸に向かって」

 ねえ、六花。きみを喪ってからこれまで、ずっと考えてきたことがあるんだ。
 いまの僕はゴミ拾いという形で、きみとの思い出を、きれいだったあの日のままで保とうとしている。それが僕にできる唯一のことだと感じていたし、きみとすごした思い出は、色褪せさせたくなかったんだからね。
 だけど、別の思いも僕の中にはずっと渦巻いていたんだよ。
 これで本当にいいのかと、僕はずっと考えていたんだ。きみとの思い出を守ることは、同時に自分自身を過去に縛りつけてしまうことになるんじゃないか、って。もし僕が前に進まないといけない時がきたら、きみとすごした思い出は、障害になってしまうんじゃないか、って。
 きみのことを忘れるのは、正直な所つらいし、できればそうはしたくない。でもそうしないと、僕はきっと前に進むことはできない。
 僕はいったい、どうなることを望んでいるんだろうね、六花。
 このまま、きみとの過去に埋もれたままで、生きてゆきたいのか。
 それとも、きみとの過去を忘れ去り、前だけを見据えて生きたいのか。
 僕にはわからないし、きっとそのどちらも、選べないような気がしている。
 だから、待っているんだ。海へと雪が降るその日を。
 今年こそは雪が降ると信じたい。だから、待っていてくれ。
 雪が降ったら、また逢おう。逢えると信じているよ。

『……海岸? ……もしかして、降谷さん……だっけ、あの人が関係しているの?』
「そうだよ……お願いだから、急いできて!」
『わかった。たぶん三十分もあれば行けると思う。できるだけ急ぐから』

 六花に恋ごころを抱いたことが、僕の犯した罪だった。六花を喪うことが、それに対する罰だった。いまではそのように思えてならない。
 その罰によって刻まれた傷を背負い、僕はこれからも生き続けなければいけない。
 再び雪が僕の上に降る、その日がくるまでは。

 霧ちゃんとの通話を切って、ケータイをしまう。セッちゃんの家を飛びだし、私は走った。

 ねえ、六花。前にきみに、きみのことをまだ好きでいていいのかと訊いたけれど……あれは取り消すよ。
 あの問いに関しては、訊く間でもなかったんだ。僕はきみのことを、好きでいてはいけなかった。だからきみはいま、僕の目の前にはいないんだからね。こんな簡単な事実にも気づけなかった自分のことが、ものすごくバカに思えたくらいだ。
 僕の恋ごころがきみを殺してしまったようなものなんだから、これは仕方ないことじゃないかと思う。僕はその罪を受け入れて、雪が降る日を待つことにするよ。

 あとふたつの問いについても、もう答えてくれなくて構わない。
 このまま生き続けていいのか。
 そして、きみが僕のことを恨んでくれていないかどうか。
 なんとなく……なんとなくだけど、両方とも、自分の中で答えがでてしまったからね。
 確証はないけれど、おそらく当たっているんじゃないかと、そう思うよ。

 今年こそは本当に、雪が降るといいな。
 今年はいつもより順調に気温が下がってきているから、もしかすると、近いうちに本当に雪が降るかもしれないね。
 僕の望んだその瞬間は、確実に近づいてきてくれている。そう信じたいよ。
 そうなったら、僕は……

 日記を最後まで読んでわかった。私の抱いた最悪の予想は、当たっていた。
 セッちゃんがどんな思いを抱えて六花さんへの問いを撤回したのか、なんとなくわかるような気がした。セッちゃんはおそらく最初から、六花さんの答えを待っていなかったのだ。
 そして、セッちゃんの思いは、最初からひとつしかなかったのだ。

「ねえ、セッちゃん」
 小雪が舞う海岸。いつもとは少し違った景色の中。六花もまた、いつもとは少し違った、わずかに固い口調で僕に話しかけてくる。
 その表情は、きらきらとしたいつもの笑顔。しかしながら、口調は普段のそれとは違う。いつになく真剣味を帯びており、僕はその顔から目を逸らすことができなかった。
「わたしが……これから、向こうの灯台まで泳ぐことができたら……改めて、きのういったことをもういちどいわせてよ。そしたら、セッちゃんもそれに答えてね。わたしはそれをしっかりと受け止めてみせるからさ」
 そういったのち、六花はブレザーとスカートを砂浜に脱ぎ散らかし、あらかじめ着込んでいた競泳用の水着姿になった。
「絶対に泳ぎきってみせるんだから。わたしはセッちゃんに嘘はつかないよ」
 僕は首を縦に振るしかなかった。こういうことをいいだすと、六花は止めてもいうことを聞かない。僕はおとなしく六花の脱いだ服を集め、自転車の籠に乗せる。そしていう。
「無理はしないでね」
「だーいじょうぶだって。これくらいの距離、簡単に泳いでみせるんだから」

 六花が泳ぎだすと同時に、僕も自転車を出発させ、数分ののちに先に灯台へ辿り着いた。
 六花はさすがに泳ぐのが速かった。僕が自転車を止め、海を眺めた時には、すでに半分くらいの距離を泳いでいた。僕はそんな六花を見つめながら、静かに答えを考えていた。
 いいたいこと……というのは、おそらくあのことだろう。改めて、と前置きしていたくらいだから、だいたい想像はつく。前の日に六花は、はっきりとそれを口にしたのだから。
 僕は六花を待つ。ぼんやりとその姿を目で追いながら、彼女が泳ぎきるのを待っている。
 六花は順調に海を泳いでいた。雪が舞う中、懸命に手足を動かしていた。その姿が徐々にこちらへと近づいてくる。
 もう少しで泳ぎきりそうになった、そんな時だった。

 突然のできごとだった。

 六花が突如として、足を動かすのをやめたのが見えた。その場で一瞬凍りついたように停止し、手だけで海水をかいていた。波がひとつ、六花の小さな身体を揺らしていった。
 直後、六花の姿が海中へと傾いた。懸命に両手で海水をかき分けようとするものの、足が動かないのか、徐々に力がなくなっていくのがわかった。
 ――足が、攣ったのか!?
 僕はとっさにそう思う。しかしながら、僕は泳ぐことができない。六花を助けに行きたくとも、行くことはできない。僕はその瞬間を、見つめていることしかできなかった。
 六花の身体が、連なる波に飲まれて、ただ沈んでいく。伸ばした腕が必死に空を掴もうとするも、その掴むべき空は六花の手をすり抜け、どんどんと遠ざかっていった。
 やがて、六花の身体が完全に海の中へと消えた時……僕は灯台のふもとでただひとり、目の前で起こったできごとを受け入れられずに立ち尽くしていた。
 僕の時間が、止まる。
 ――僕の世界だった少女が、目の前から断ち切られた……
 それを認識した時には、すべてが遅かった。六花は黒い縁の中で笑う存在に変わってしまった。もう、 僕が手を伸ばしても、届くことはない。
 僕の目の前が、絡みつくような絶望の色で染まっていく。

 あの日を境に、僕の世界は、壊れた。

 セッちゃんの綴っていた昔の夢は、霜太さんがいっていた、セッちゃんからの伝聞の通りだった。六花さんはセッちゃんになにかを伝えようとして、真冬の冷たい海を泳いで渡ろうとした。それはきっと、六花さんなりの覚悟の表し方だったのだろう。
 そして惨劇は起こってしまい……セッちゃんは、こころの奥で思いを固めたのだ。

 ……昔の……あの日のことを夢に見ながら、僕は十二月二十日を迎えた。これで、六花が海に消えてからちょうど六年がすぎたことになる。
 朝の空気は、かなり冷たかった。このあたりでも雪が降るかもしれないと、天気予報はそう告げていた。
 そして……昼前には、本当に雪が舞い始めた。六年間見ることのなかった、雪が……ついに僕の上に降ってくれたのだ。その光景は、あの日と同じように、やはり美しいものだった。

 これで、舞台は整った。
 あとは僕が、六花の所へと向かう、ただそれだけの話だ。
 怖くなんかない……といったら、さすがに嘘になる。だけどそれ以上に期待の方が大きい。六年ぶりに……ようやく、たったひとりの親友のもとへ行くことができるのだから。

 ねえ、六花。きみは僕のことを、待っていてくれるかな。
 待っていてくれなくても、僕としては全然構わない。それでも、僕はきみの所へと行きたいんだよ。ただそれだけのことなんだ。
 きみに逢って、また昔のように笑いあいたい。
 きみがいつも唄っていた、あの唄を聴きたい。
 きみがいつも僕にかけてくれた、明るくて優しい声が聞きたい。
 きみが傍にいてくれた、あのころをもういちどやり直したい。
 だから僕は、きみの所へ行きたいんだ。

 これで、僕が負っていた傷も隠すことができる。
 僕ひとりがいなくなった所で、誰ひとりとして気にすることはないのだから。
 誰もいない海で、僕はひとりきりで、この世界とお別れをしよう。

 六花、六花。いま、きみの所へ行くよ。

 セッちゃんは、六花さんのいるであろう場所……マリンスノーの降り積もる海底へと、その身を沈めてしまいたかったのだ。六花さんが亡くなったあの日と同じ、雪が降るその日に、まったく同じようにして、死ぬことを望んでいたのだ。そうすればもう誰ひとりとして……自分自身さえも傷つけずに済むと、そんなことを考えていたのだ。
 それは、あまりにも悲愴すぎる決意だった。



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