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 全身ずぶ濡れになった霧ちゃんは、砂浜に転がった私の隣に立って、濡れた服の裾を絞っていた。
 私は起き上がり、霧ちゃんに向かって声をかけようとする。しかし、胸のあたりに急激に気持ち悪さが押し寄せてきた。私は海に向かってひとしきり、お腹の中身を吐きだした。そのほとんどは、先ほど飲み込んだ海水だった。
 ようやく呼吸が落ち着いてくる。いちど吐いたら、胸のむかつきがだいぶ治まった。
 改めて、霧ちゃんの方を見て話しかける。声がかすれていた。
「霧ちゃん……本当に、来てくれたんだね……」
「……当たり前でしょ。あたしをわざわざ呼びだしたのは、誰だと思ってんの」
 いつもの冷たい口調だった。しかし、その中にははっきりと、心配の色が見て取れた。
「きてみたらあんたたちは水の中でなにか話しているし、終わったと思えば今度は姿が見えなくなるし、あんたまであとを追うし……あたしがどれだけ慌てたのか、わかってないでしょ」
「ごめん……ごめんね……」
「謝らなくていい。あんたもひとを助けたかった。あたしもひとを助けたかった。結局は同じことをしようとしていたんでしょうが。でも、もう二度とやるんじゃないよ」
「ごめん……本当にごめん……おかげで助かったよ……ありがとう、霧ちゃん……」
 霧ちゃんに向かって頭を下げる。
「……伊達に水泳部をやっていないさ。寒中水泳、それも着衣ありでなんてのは、あたしも初めての経験だから、どうなるかわかんなかったけれど……それでも、助けられてよかった。みぞれが死んでしまわなくて、本当に……よかった」
 霧ちゃんは髪から水を払いながら、クールにそういった。
 私は助かった。
 ――私、は……?
「そうだ霧ちゃん! セッちゃんは!?」
 私は慌てて霧ちゃんに訊ねる。私だけが生きていても、セッちゃんを助けられなかったのなら、なんの意味もないのだ。お願いだから、生きていてほしかった。
「……ご心配なく。あのひとが助けてくれたよ」
 霧ちゃんは私たちから少し離れた砂浜の一点を指差した。
 そこには、先ほどの私と同じように海に向かって海水を吐いている白髪頭の小さな青年と、ラフな感じの黒服の上下に身を包み、霧ちゃん同様に濡れた服の裾を絞っている、ひょろりと背の高い男性の姿があった。
「霜太さん……! でも、なんであのひとがここに?」
「水に入る前に少しだけ話をした。娘の命日だから、海を見に散歩にきたといっていたよ」
 でも、その偶然のおかげで、セッちゃんもまたいのちを救われた。私もセッちゃんも、それぞれの知りあいの手によって、死の淵から生還を果たすことができたのだ。
「霧ちゃん、行こう。セッちゃんと霜太さんに、少し話したいことがあるんだ」
 霧ちゃんは無言で頷く。私と霧ちゃんは手を繋いで、セッちゃんと霜太さんの所へと歩いていった。

「俺だけじゃなく、雪くんまで自殺を図るとはね……しかも冬の海で……びっくりしたよ」
 霜太さんに話を聞いたら、そんな第一声が返ってきた。それは当然の反応だと思う。私だって、セッちゃんの日記を読んでからでなかったら、きっと驚いていただろう。
「げほっ……げほっ……」
 セッちゃんはまだ、海に向かってむせていた。私より長い時間水中にいたのだから、当たり前のことだろう。飲んでしまった海水の量も、きっと私より多かっただろうし。
「でも、助けられてよかった。俺なんかよりよっぽど未来のある若者を死なせてしまうのはさすがに気が引けるからね。雪くんもみぞれちゃんも、助かって本当によかった……」
「すみません、霜太さん……せっかく六花さんとの思い出に浸っていた所を、こんな事態に巻き込んでしまって……」
 そういって、私は頭を下げる。
「なんの。俺だって一応、昔は海の男だったんだ。泳ぎに関しては、普通のひとよりか自信はある。俺なんかでも役に立つ機会がきてよかったと思うよ。でも、みぞれちゃんも、よく自分の身を省みないで雪くんを助けに行けたものだ。その度胸はすごいと思うよ」
 霜太さんはそういって、大きな手で私の頭を撫でてくれた。少しくすぐったかった。
「げほげほっ……ふう……」
 そんなことをやっている間に、セッちゃんはだいぶ落ち着きを取り戻したみたいだった。いまだったら、本気で思いをぶつけることができるかもしれない。
「……セッちゃん」
 私は笑顔を消した状態で、白髪の青年の名前を呼ぶ。
 セッちゃんが顔を上げ、こちらを振り向く。その顔は蒼白に染まり、表情は虚ろだった。
「……なん、でしょうか……?」
 私はセッちゃんの所へと近づいてゆく。しっかりと砂を踏み締め、セッちゃんの目の前に立った。
 一瞬だけにっこりと微笑む。直後に右手を一閃させ、セッちゃんの左頬を強くはたいた。
 セッちゃんの顔が、私から見て左を向く。
 セッちゃんははたかれた左頬を押さえたまま、驚いたように私のことを見つめてきた。私はそんなセッちゃんに向かって、第一声を投げかける。
「……戻ってきてよって、私はさっきそういったはずだよね、セッちゃん」
「…………」
 セッちゃんはばつが悪そうに、私から目を逸らし、押し黙った。私は構わずに続きの言葉を投げつける。
「なのになんで、沖の方に行こうとするの!? 本当に死んじゃったりしたら、どうするつもりだったのさ!?」
 やがて、セッちゃんは視線を逸らしたままで、ぼそりと口を開いた。
「……六花の所へ、行こうと思ったんです……六花は、僕の世界そのものだった……六花を喪くした世界には、意味を見出せない。だから僕は、六花と同じ所に行こうと、ずっとそう思っていたんです……」
 衝撃が私の薄い胸を打っていった。六花さんのことを強く思っているのは、わかっていたつもりだった。でも、世界そのものとまでいうとは……まさに、日記にあった通りだった。
「……でも、それは過去の話でしょ、セッちゃん……」
 水の中で完全に冷えきったはずなのに、顔だけが一気に熱くなるのを感じた。カッターナイフを振り回したあの日と似たような感情が、私の中を支配していった。
「セッちゃんは、過去に囚われすぎなんだと私は思う。もっともっと、いまを……いまの自分のことを、周りのひとたちのことを、しっかりと見てよ!」
 気がついた時には、私はセッちゃんに向かって怒鳴りつけていた。
「六花さんがいなくて寂しいのも、その六花さんにそっくりな私がいるせいでつらいのも、よーくわかっているよ。でも、それはセッちゃんだけの感情じゃない。霜太さんだって、同じなんだよ! それでも霜太さんは、はっきりと六花さんとお別れをした。私という代役を使ってではあったけれど、きちんとさよならをしたんだよ! なのに、どうしてセッちゃんだけが、うじうじと昔の面影ばかりを引きずって生きているのさ! そんなのは、六花さんに対してあんまりな仕打ちだよ! そんな生き方をしていても、六花さんと同じ場所に行こうとしても、六花さんは絶対に喜ばない!」
 私の怒声に、セッちゃんが身を縮こまらせる。霜太さんもびくりと肩をすくませた。
「前に進まなきゃ……それがつらいことだっていうのは、なんとなくだけどわかるよ。それでも、私たちは生きているんだから……生きているんだから、なんとか前に進まなきゃいけないんだよ……どんなにつらい過去があっても、それも受け入れた上で、ね……」
 最後の方は、涙声になっていた。というか、私は完全に泣いていた。熱い涙が幾筋も頬を伝って流れていくのが、はっきりとわかった。
 セッちゃんが再び口を開く。その表情は、やはり暗く虚ろなままだった。
「でも、六花は、僕のせいで死んだんです……僕は、六花に恨まれているはずです……そんな僕に、生きている資格なんてな……」
「あるよ!」
 私は再び怒声を放ち、セッちゃんの言葉を中断させる。セッちゃんがぽかんとした表情に変わり、私のことをじっと見つめてきた。私は涙を流しながら怒った。

「セッちゃんは、私が死のうとしていた所を助けてくれたじゃない! それだけで十分、生きている資格はあるよ! ひとりのひとを助けたんだから、立派なものだよ! だから……私を生かしてくれたんだから、セッちゃんも生きてよ! 生きて、いつでも私のそばで笑っていてよ!」

 セッちゃんの表情はぽかんとしたままだった。私は構わず続ける。
「六花さんだって、きっとセッちゃんのことは恨んだりしていないよ! 六花さんは、セッちゃんのことが大好きだったんでしょ!? それに、亡くなった日だって、セッちゃんに想いを伝えようとしていたんでしょ!? だったら、恨んでなんかいるわけがない! セッちゃんを恨まないといけないような理由なんて、ひとつもないんだよ!」
 だらだらと涙を流しながら、私は震える声で、セッちゃんを怒鳴りつけた。いまの私はきっと、稀に見るくらいのひどい表情をしているだろう。
 すると、ここでようやくセッちゃんの表情が変化した。海の中で話していた時と同じ、苦笑いを浮かべたのだ。それはまるで、自分を嘲笑うかのような、痛々しい笑顔だった。
 しかし、口調はまったく変わらなかった。ぽつぽつと、沈んだ口調で問いを紡いでくる。
「でも、僕は……六花を死に追いやった、殺人犯なんですよ……? そんな僕が、どうやって……どんなふうにしながら、生きていけばいいんですか……? 僕には、それが全然わかりません……だから死のうとしたのに……どうしてみぞれさんは、僕を止めたんですか……? どうしてみなさんは、僕を生かそうとしてくれたんですか……?」
 それらの問いも答えはすべて簡単だった。私は泣きながらも、一生懸命に答える。
「ここにいる私たちみんなが、セッちゃんのことが、大好きだからだよ……私はもちろんだけど、霧ちゃんだって、霜太さんだって、セッちゃんのことが好き。そうでしょう?」
 そういいながら、背後のふたりに答えを仰ぐ。
「……まあ。みぞれに助言をして、結果的にあたしのいのちを助けてくれたのは、降谷さんなんでしょ? なら、あたしはそのひとのことを嫌いにはなれない。そう思うよ」
 霧ちゃんがクールにいい放つ。続けて霜太さんも、
「俺は昔から雪くんのことを見てきているから。六花は死んでしまったとはいえ、雪くんは息子同然の、俺のとても大切な知りあいなんだよ。そんな子を放っておけるわけがないだろう? 俺だって、雪くんを好きな気持ちでは、ここにいる誰にも負けないつもりだよ」
 昔の写真の中で見せていたような大らかな笑顔を浮かべながら、そういってくれた。
「ね? みんなみんな、セッちゃんのことが大好きなんだよ。だから、死んでほしくはないって、そう思ったんだよ」
 セッちゃんの肩を両手で掴む。そして、真正面からセッちゃんに向きあった。
「それにね……セッちゃんが六花さんを殺したって、セッちゃんはさっきからそういっているけれど……そうじゃないんだよ! セッちゃんはそう思い込むことで、自分が死ぬことを正当化しようとしているんだと、私は思う。さっきもいったけれど、そんな罪の意識に囚われて自分から死んだりしたって、六花さんは絶対に喜ばないよ! むしろ、六花さんをさらに傷つけてしまうことになる! どうしてそんな簡単なことが、見えないの!? セッちゃんはどうして、うしろばかりを見つめて、前を見つめようとしないの!?」
 みたび怒声を放つ。掴んでいたセッちゃんの肩を、強く強く揺さぶった。
 セッちゃんは痛々しい苦笑を崩さないまま、いう。
「前なんてものは、僕の世界にはなかったんです……六花が死んだあの時から、僕の時計は止まったままです……止まった時計は、未来を刻むことはありません。だから僕は、うしろだけを見て生きようと……そしていつか、止まった時と同じ瞬間を見つけて死のうと、そう思い続けて、ここまできたんです……」
 やはりセッちゃんは、うしろばかりを向いていた。でも、そんな生き方は……六花さんが、私が、認めない!
「セッちゃんは……前を見ながら、しっかりと生きなきゃダメだよ! そうじゃないと、六花さんに本当の意味で謝ることも、できるわけがないんだから! 六花さんとの思い出に逃げ込んで生きるのも、悪いとはいわないよ。だけど、そればかりじゃいけない! 六花さんとの思い出から学んだことを、しっかりいまに活かさなきゃ! そうじゃないと、亡くなった六花さんも浮かばれないし……」
 そして私は、私にしかいえないであろう言葉を口にする。



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