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「そしてなによりも、六花さんが……それに、六花さんの代わりの私が、許すことができないよ。六花さんに……私に本当に許してもらいたいのなら、まずは生きなきゃダメだよ……生きて笑って、幸せになって……そう、六花さんの分までも、いのちを大切にしなきゃ……六花さんは、生きたくても生きられなかったんだから……だからセッちゃんは、六花さんの生きられなかった分まで生きないと……それが本当の意味での、六花さんへの贖罪になるんだよ。六花さんに、本当に謝りたいのなら……いまをしっかりと生きてよ、セッちゃん!」
いいたかったことをほぼ全部、一息の言葉に乗せていい放った。
私の息は上がっていた。先ほど飲み込んだ海水のせいもあって、声が完全にかすれ、がさがさになっていた。
それでも私は、いいたかったことをいいきった。あとはセッちゃんがどう反応を返してくれるかにかかっているのだ。これでこころが動かせなければ……私は本当に、これ以上どう説得したらいいのかがわからなくなる。
――お願い……お願いだから、セッちゃんのこころに届いて……
私は内心で祈りながら、セッちゃんの小柄な肩を揺すり続けた。
そんな中、私の怒声を聞いたセッちゃんの表情に、さらなる変化が現れた。その表情はいままでに見たことがないほど、まるで泣きそうなほどにゆがんでいった。
「生きることが……六花への、贖罪……」
「そうだよ! だから、生きないと!」
小さく呟いたセッちゃんに、私は畳みかけるように言葉を重ねる。息がかなり苦しくなってきていたが、構わなかった。
「僕が幸せになることが……償い……」
「うん……だから、生きてよ!」
セッちゃんをあと押しするように言葉を連ねていく。
そんな中、セッちゃんの表情は、さらに大きくゆがむ。本当に泣きだす寸前のようだった。
「……セッちゃん?」
その表情を見てクールダウンした私は、かっこ悪く泣きながらセッちゃんに問いかける。
「……僕……きて……」
「……え?」
セッちゃんは声を震わせながらも、はっきりとその問いを口にした。
「……僕は、生きていて、いいんですか……? 六花を殺した、僕なんかでも……生きて、幸せになって……本当に、いいんですか……?」
いちどは拒絶されたはずの私の言葉が、セッちゃんへと響いている。
いま、この瞬間だけなら……
私はセッちゃんに、思いのたけをぶつけることができる。
そのために、ずっとずっと言葉を連ねてきたのだ。
だから、その問いを私は待っていた。答えはしっかりと用意してある。
「……もちろんだよ。ひとはみんな幸せになるために生まれてくるんだよ。セッちゃんだってそう。幸せになるためにこうして生きているんだよ。だからセッちゃんも、生きようよ。生きて、幸せを掴もうよ。いまはセッちゃんの周りには、私や霧ちゃん、霜太さんだっているんだから……みんな揃って、幸せになってみせようよ。それがたぶん本当の意味での、六花さんへの償いになるんだよ、きっと……そう信じて、生きてみようよ。ね、セッちゃん」
私は涙を流しながら、無理やり笑ってみせた。
そんな私の表情とは対照的に、セッちゃんの表情がくしゃりとゆがんだ。
セッちゃんの目もとに、じわりと涙が滲む。やがて涙は雫となり、白い頬を伝って流れ落ちていった。それと同時に小さな嗚咽がこぼれる。
セッちゃんは、私の目の前で、初めて泣いてくれた。
それは、同じ魂を持つふたりの分かちあった、初めての涙だった。
それからしばらくの間、セッちゃんは泣き続けた。泣きながら、私たちにお礼をいった。
「……ありがとうございます……ひっく、こんな僕なんかのために、うっく、一生懸命になってくださって……えぐ、本当に、ありがとうございます……」
そしてセッちゃんは私にいった。
「みぞれさん……僕にも、六花とのお別れをさせてください……僕も、前へと進もうと思います……そのためにも、どうかよろしくお願いします……」
「……いいよ。いまだけ、私が六花さんの代役ね」
私は涙を拭い、飛びっきりの笑顔を浮かべる。六花さんの浮かべていたような、きらきらと輝くような笑顔をイメージしながら、私は笑ってみせた。
セッちゃんはまだ泣いている。しかしながら、はっきりと私……六花さんに向けて、お別れのメッセージを伝えた。
「六花……いままで、本当にごめん。それに、ありがとう。そして……さようなら」
そして私は、そんなセッちゃんに、六花さんならそういうであろう言葉を返す。
「ばいばい、セッちゃん……私はずっと、セッちゃんのことが大好きだよ」
私の……六花さんの言葉を聞いたセッちゃんは、涙をぐしぐしと拭った。そして、久しぶりに……本当に久しぶりに、晴れやかに……笑ってくれた。
それはいままでに見たセッちゃんの笑顔の中で、いちばんきれいでまっすぐな笑顔だったように、私は思った。どこまでも透明で……晴れた日の海のように、穏やかだった。
私たちを祝福するかのように、風に吹かれた雪が、ふわりと大きく舞い上がっていた。
「さて……ひと段落ついたみたいだし、あたしからもちょっとだけ話をさせてもらおうかな」
私のうしろから、クールに呟く声が聞こえてくる。
ここまでほとんど無言で成り行きを見護っていた霧ちゃんが、久々に声を発していた。
「降谷さん。あなたはみぞれを泣かせました」
霧ちゃんの視線が冷たかった。その視線はセッちゃんに注がれていた。
「これは、あたしですらやったことのない、とても重大な犯罪です。よって、みぞれのお願いをなにかひとつ聞いてあげる刑を課そうかと思います」
――え? 霧ちゃん、突然なにをいっているの?
「というわけで降谷さんは、これからみぞれがお願いすることをひとつ、どんなお願いであろうとも実行してください。それが刑の内容になります。どんなお願いでも、ですよ?」
セッちゃんは口をぽかんと開いて、固まっていた。霧ちゃんの突拍子もない言葉に驚いているのだろう。というか、私も驚いているくらいだからね。無理もないと思う。
「ほら、みぞれ。降谷さんが、みぞれを泣かせたお詫びに、なんでもいうこと聞いてくれるってさ。どんなことでもいいから、好きなことを頼みなよ」
霧ちゃんがいう。冷たい視線は崩れ、微かにきれいな微笑みを浮かべていた。
私もセッちゃんも開いた口がふさがらなかった。霧ちゃんがこんなことをいいだすとは、本当に予想だにしていなかった事態だ。どうするべきなのか、頭の中で混乱が生じていた。
「お、それはいいアイディアだ。ぜひ実行すべきだと、俺もそう思うよ」
しかも霜太さんまで、笑顔でノリノリだった。
どうやらこれは、セッちゃんになにかはやってもらわないと終わりそうにない雰囲気だ。
「って、ふたりはいっているわけだけど……セッちゃんは、どうしたい?」
仕方なく、セッちゃんに話題を振る。すると、セッちゃんは笑顔で返してきた。
「……いいですよ。それくらいで許していただけるのでしたら、お安いご用です」
――なんだ……結局、本当は全員笑っていたいんじゃないか。
「さあ、みぞれさん、願いごとをどうぞ」
セッちゃんがようやく取り戻してくれた、かわいくて穏やかな笑顔で、私に訊ねてくる。
私は少しだけ迷い……そして、ひとつの答えをだした。
「じゃあ、こんなのはどうかな」
セッちゃん、霧ちゃん、霜太さんの視線が、私に集まる。私は笑顔を添えて提案した。
「このメンバーで、クリスマス会的なことをやろうよ! セッちゃんの家でさ!」
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私を生かしてくれたんだから、セッちゃんも生きてよ、と、六花にそっくりな女の子は初めて、僕に向かって怒り、そして僕のために涙を流してくれた。それは裏も表も存在しない、こころからのまっすぐな言葉だったように、僕には思えた。まるで六花自身のそれのように。
僕でさえもそう感じるほどに、その言葉は切実な痛みに満ちていた。僕というちっぽけな存在でさえも、喪われてしまえばそれまでで、もう二度と逢うことはできない。そのことがどれだけみぞれさんや他の人のこころを傷つけてしまうのか、僕には思慮が足りなかったのだ。
僕はもうこの世界でひとりぼっち。六花を喪くした世界に、意味なんてない。そう思っていた。だから、始まりはただの気まぐれだったのだろう。僕がみぞれさんを助けたのも、単なる偶然だったはずだ。身も蓋もないいい方ではあるけれど、それが事実なのだから仕方がない。
でも僕は、その、本当に些細だったはずの偶然から始まった、小さなできごとが重なりあった末に、いまもこうしてペンを握っている。ここまで来たなら、もはやそれは偶然じゃないのかもしれない。みぞれさんとの出逢いは、いまになって思えば、僕にとって必然……いや、運命だったといっても、おそらく過言ではないだろう。
ねえ、六花。僕はきみを喪ってから、初めて……初めて、泣くことができたんだ。
僕も驚いたんだ。僕にもまだ、なにかを思って泣くことのできる部分が残っていたなんて、これっぽっちも思ってはいなかったんだからね。
だから今夜は、きみのことを思いだしながら、一晩中泣いてすごしてしまおうと思う。
きみとの約束はもう果たすことができなくなってしまったし、きみにももう逢うことはできなくなった。だから、せめて最後にそれくらいはやらせてほしいんだ。
別れのために、僕は泣く。六年の間に溜め込んだ涙を、すべてきみのために使おうと思う。
きみが傍にいたならば、セッちゃんは本当に泣き虫だね、なんて笑いながら、肩を叩いてくれたのだろうね。
いまはもう、きみはここにはいない。
でも、はるか彼方のマリンスノーの降り積もる海底から、僕のことを見守ってくれている。そう信じながら、僕はきみのために最後の涙を流すよ。
僕はもう、ひとりじゃない。いつもきみに守られていた、泣き虫の僕はもういない。
きみがいて満たされていたあのころとは、なにもかもが違うけれど、僕は生きることを選ぶことにしようと思う。それがきみへの手向けになると、僕は信じていたいんだ。
改めて……いままで、本当にごめん。それに、ありがとう。そして……さようなら。
僕は新しい「いま」を、きみの分までしっかり生きるよ。
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「メリークリスマス!」
軽快なクラッカーの音が、部屋の中を明るく彩った。
あの雪の日から五日がすぎ、私たちはあの日の約束通りに、ささやかながらもクリスマスをお祝いすることにした。しかしながら、きょうの目的はそれだけじゃない。
「そしてセッちゃんに六花さん、十ニ日遅れだけど、二十二歳のお誕生日おめでとう!」
もうひとつクラッカーを鳴らす。
そう、もうひとつの目的は……遅れちゃったけれど、セッちゃんと六花さんのお誕生会。
「あんたは元気だね……まあ、それがあんたの唯一の取り柄なんだろうけれど」
霧ちゃんがどこか呆れたように私に突っ込む。でも、普段よりとげとげしい感じがしない。これはきっと、霧ちゃんなりの愛情表現……なんだろうなあ、きっと。
「きっと六花にも、みぞれちゃんの声は届いているよ。こうやってお祝いをしてもらえるだけでも、あいつは幸せな娘なんだろうな……」
霜太さんがしみじみと呟いた。
そして本日の主役、セッちゃんはというと、
「…………」
ぽかんと口を開けていた。そりゃそうだよね。場所こそセッちゃんの家を借りたし、クリスマス会だという名目は話したけれど、セッちゃんと六花さんのお誕生日のお祝いに関しては、私と霧ちゃんと霜太さんの三人でこっそり準備したんだからさ。
目の前には、かわいい苺の乗っかったショートケーキが五つ置かれている。うちふたつには小さなキャンドルが立てられ、かすかな炎を点している。そしてテーブルの片隅では、霜太さんが持ってきた六花さんの写真が、フレームの中できらきらとした笑顔を見せてくれていた。
「……みぞれさん、僕と六花の誕生日のこと、覚えていたんですね。さらっと話しただけだったのに……」
セッちゃんがようやく、驚いたように口を開いた。私は苦笑いを浮かべる。
「いや……でも、ごめんね。こんなに遅くなっちゃって」
セッちゃんは小さく首を横に振った。
「いいえ……嬉しいです。こんなふうに家族以外の人にお祝いをしていただくのは、生まれて初めてですし……それに、僕だけじゃない、六花もきっと喜んでくれるでしょう」
セッちゃんの頬は、ケーキの苺のようにほんのりと赤く染まっていた。そして、セッちゃんはいつもの、かわいらしい笑顔をようやく浮かべてくれる。
「本当にありがとうございます。みぞれさん、霧さん、霜太さん」
そして私たちは、
「うんっ。その笑顔あってこそのセッちゃんだよ!」
「ど、どういたしまして……でいいのかな、この場合は」
「俺からも礼をいわせてくれ。わざわざありがとう、みんな」
三者三様の返事を返し、ようやくパーティーは始まったのだった。
パーティーの席上、霜太さんはひとつの宣言をした。
「俺、また海で仕事をすることにしたよ。雪くんへのみぞれちゃんの言葉で、俺も目が覚めたような気がする。俺までずっとうじうじしたまんまじゃ、六花にも雨にも申し訳が立たないしな。すっかり身体がなまってしまったから、少しずつ運動を始めないといけないけれど」
確かに、いまの霜太さんの体型では、漁師さんの力仕事にはとてもじゃないけれど耐えられないような気がする。六年間のブランクは、霜太さんの痩身には相当堪えることだろう。だけど、いまの霜太さんはやる気に満ち溢れている。きっとまた、霜太さん自身が話してくれた昔のように、バリバリ働く海の男に戻れるだろうと、私は思っている。
そんな未来を想像し、私はケーキを崩す手を止めて、霜太さんに微笑みかけた。
「戻れますよ。私だって、死にたいと思っていた所からここまで戻ってこられたんですから」
私の隣に座っている霧ちゃんも、同調したように頷いてくれた。
「あたしも……みぞれがずっと傍にいてくれたから、ここまで戻ってくることができたんですよ。氷川さんもみぞれと関わったひとりなんですから……きっと戻れます。すっかりもと通りとはいかないでしょうけれど、もと通り以上のものを得られると、あたしもそう思います」
そして、セッちゃんが笑う。
「霜太さんは僕が知っている中で、いちばん立派な漁師さんですよ。いまからでもきっとやり直せます。僕でさえ、いまここにいるように、世界に繋ぎ止めてもらえたんですから」
霜太さんは私たちの言葉を噛み締めているようだった。深々と頭を下げ、やがて絞りだすように、だけど明るく言葉を紡いだ。
「……ありがとう。きみたちは、俺のようなダメな大人にはなるなよ」
それが冗談だとわかり、私もセッちゃんも、クールな霧ちゃんでさえも、思わず苦笑してしまった。六花さんも、フレームの中から笑顔を振り撒いていた。
「そうそう、これを忘れちゃあいけないよね」
みんながケーキを食べ終えたあとで、私は懐から小さな紙袋を取り出す。セッちゃん、霧ちゃん、霜太さん、それぞれの視線が、私の手もとに集まった。
「セッちゃんと六花さんに、私と霧ちゃんからのプレゼントだよっ」
そういって、セッちゃんの小さな手にそれを握らせた。
セッちゃんは穏やかな笑顔を見せてくれた。
「うわ、プレゼントまで? 本当になにからなにまでありがとうございます」
たどたどしい手つきで、セッちゃんが紙袋の封を開く。
中から現れたのは……雪の結晶の形をした、ふたつのブローチ。私と霧ちゃん、ふたりの意見がぴったりと重なって選ばれた、選りすぐりの逸品だ。
「きれい……」
思わず溜息をこぼすセッちゃんに、私は選択の理由を話す。
「セッちゃんと六花さんは、生まれた日も名前の由来も一緒なんだよね。だから、お揃いの雪のブローチにしてみたんだけれど……どうかな?」
セッちゃんはおもむろにブローチのひとつを手に取ると、そのまま流れるような仕草で、ワイシャツの胸へと着けた。その姿は、私が想像していた通りで、完璧なまでに似あっていた。
セッちゃんは満面の笑みを浮かべ、そしていった。
「ありがとうございます。六花だと思って、一生大切にします」
その笑顔と言葉だけで十分だった。私もとびっきりの笑顔を浮かべる。
「そういってもらえると選んだ甲斐があるよ! ね、霧ちゃん!」
「う、うん……似あっていますよ、降谷さん」
霧ちゃんもぎこちなく頷く。セッちゃんはそんな私たちを見つめて、また小さく笑った。そしてもうひとつのブローチを手に取ると、霜太さんに向かって差しだした。
「これは、六花の分です。霜太さん、あなたが持っていてください。僕にとってもあなたにとっても、六花は大切な存在なんですから。お願いします」
そういって、セッちゃんはさらさらの白髪を揺らしながら頭を下げた。
霜太さんは大きな手でブローチを受け取り、大きく頷き、かすかに微笑んだ。
「……わかった。俺もこいつを六花だと思いながら、ずっと大切にさせてもらうよ」
その表情はどこか寂しげではあったものの、とても優しそうで穏やかだった。
こうして、私たちのささやかなパーティーは、優しい空気に包まれたまま幕を閉じた。
【最終話】
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