月光とアムネジア

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毎月26日にお送りしています、コーナー「藍沢篠の書架」第39回をお送りいたします。
今回の紹介は、牧野修さんの「月光とアムネジア」です。
書影は上の写真の通り。
ハヤカワ文庫JAより好評発売中です。

~あらすじ~

60年間、誰にも姿を見られることなく殺しを続けてきた伝説の殺人者、町田月光夜が〈レーテ〉に入った。
〈レーテ〉とは、入り込んだ者の記憶を3時間ごとにリセットし、重篤な認知障害を引き起こす特殊空間が、直径数キロ以上にわたって出現する現象なのだ。
月光夜を追って〈レーテ〉に進入した捜査部隊は、謎の少女をはじめ次々と奇怪な現象に遭遇する!
(ハヤカワ文庫JAあらすじより)

~感想・雑感~

記憶というものは非常に不思議なもので、実際には見たことのないものに見覚えがある「デジャ・ビュ」、その逆で、見慣れたはずのものが未知に感じる「ジャメ・ビュ」などのさまざまな形態を持っていますが、いちばん恐ろしいと感じる記憶の用語は「アムネジア」ではないかと思います。
「アムネジア」、直訳で「記憶喪失」や「記憶障害」。
文字通りに曖昧になってしまった記憶というものは、時に残酷にひとを蝕んでゆきます。

それでは、内容の方に入ってゆきましょう。

主人公・漆他山は、かつて県警の猛者として鳴らした経歴を持ちながらも、物語開始前に特殊空間〈レーテ〉に巻き込まれ、記憶障害を起こしてしまった男性です。
彼もまた、記憶が曖昧になってしまったことで、日常の生活を奪われてしまった存在といえるでしょう。

そんな他山に、県警の特殊部隊から声がかかります。
それは「伝説の殺人者」として悪名高い謎の殺人鬼・町田月光夜を探しに〈レーテ〉への進入を行うという、かなり無謀ともいえる作戦のためでした。

ここで〈レーテ〉について少し。
あらすじでも触れている通り〈レーテ〉とは、その空間にいる者の記憶を3時間ごとにリセットしてゆく上、リセットのたびに重い記憶障害を併発させる、非常に恐ろしい空間が出現する現象です。
この〈レーテ〉の中で記憶を保つには、複数人で行動し、リセットの直前で記憶を共有するという手段を使うことになるのですが、それでも限界は存在します。

話は戻りまして。
特殊部隊は、非常にキツい訛りで喋る男性・鶴田灌木をリーダーに、12人のメンバーを6人ずつ交代で〈レーテ〉に送り込むという作戦で、月光夜を追い詰めることになります。
が、この〈レーテ〉の中で、不可思議としかいえない現象が多々起こることになり、月光夜を追い詰めるはずの特殊部隊も、かなりの苦戦を強いられることになります。
謎の生きもの・狽(ばい)の出現や、なぜそこにいるのかが不明な少女・高藤ニユミとの遭遇、そして後半で待ち受けている、月光夜との邂逅。
ストーリー展開が複雑な上、難解な単語も多数登場するために、読んでいて頭がおかしくなりかけるような感覚に囚われる可能性もあります。

結末はここでは書かないでおきますが、非常におぞましく、後味の悪い最後を迎えていることだけ、あえて語っておきましょう。

ちょっとだけ、最後につけ加えの話。
記憶障害と並んで、ひとを破壊してゆくような症状のひとつに「統合失調症」が挙げられます。
かつては「精神分裂病」とも呼ばれ、現在のある程度の理解が進んだ状態からは考えられないほどに、この症状を患ったひとたちは差別的な扱いを受けてきました。
「統合失調症」は現在、100人にひとり程度の割合で発症するとされていて、さほど珍しい病気でもなくなりつつあるのですが、健常者から見るとまだまだ差別の対象となっている部分があります。
少し前、ネット上のスラングで「糖質」と語られた挙句「隔離すべきだ」という意見を見かけ、非常に残念な気持ちにさせられました。
精神面の病気というものは、患者自身にしかわからない部分も多々あるのに、そのことを理解するのを放棄した発言を平気で行える、自称「健常者」の振る舞いに、憤りを隠せなかったです。

そういう方にこそ、この本は読んでいただきたいものです。
精神面の障害というものが、どれだけ苦しくてつらいものなのか、また、それを知ってなおも精神障害者を侮蔑できるのか、そういった面を考えさせられること、必至と思います。

~書籍データ~

初版:2006年8月(ハヤカワ文庫JA)

~作者さんの簡単な紹介~

牧野 修(まきの・おさむ)

1958年生まれ。大阪府出身。男性。
高校時代に筒井康隆さん主宰の同人誌「ネオ・ヌル」で活動。
複数の別名義を使い分けつつ執筆を続けたのち、1992年に現在の「牧野修」名義で発表した「王の眠る丘」で第1回ハイ!ノヴェル大賞を受賞、本格的にデビューする。
1999年に「スイート・リトル・ベイビー」を発表。同作で第6回日本ホラー小説大賞・長編部門佳作。
2002年に「傀儡后」を発表。同作で第23回日本SF大賞受賞。
2006年に「月光とアムネジア」を発表。
2015年に「月世界小説」を発表。翌年、同作で第35回日本SF大賞・特別賞受賞。
その他の著作に「屍の王」、「病の世紀」、「蠅の女」、「記憶の食卓」、「水銀奇譚」、「大正二十九年の乙女たち」、「怪しの晩餐」などがあるほか、アンソロジーへの寄稿やノベライズも多数手がけている。
元・日本SF作家クラブ会員だったが退会。現在は日本推理作家協会の会員として活躍中。



……というわけで「藍沢篠の書架」第39回は、牧野修さん「月光とアムネジア」でお送りいたしました。
この紹介から、実際に本をお手に取っていただけることを切に願っています。

それでは、次回をお楽しみに。